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広島高等裁判所 昭和61年(ネ)337号 判決

控訴人 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 笹木和義

控訴人 呉市

右代表者市長 佐々木有

右訴訟代理人弁護士 鍵尾豪雄

被控訴人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 高村是懿

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人ら

1  控訴人乙山春夫(以下「控訴人乙山」という)

原判決中、控訴人乙山敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の控訴人乙山に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原審及び当審とも、被控訴人の負担とする。

2  控訴人呉市

原判決中、控訴人呉市敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の控訴人呉市に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原審及び当審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  事故

被控訴人は、昭和五七年五月当時控訴人呉市が設置した丙川中学校に在学していたが、同校実施の北九州方面を目的地とする修学旅行に参加し、同月一三日宿泊先の長崎県高来郡小浜町雲仙所在のニュー雲仙ホテル五階五〇六号室で同級生らとともに就寝していたところ、同日午後一一時四〇分頃同校生徒約七名が同室に乱入し、その際、そのうちの一人である控訴人乙山が投げつけた雪駄が被控訴人の右眼部に当たり、被控訴人は右眼網膜萎縮の傷害を負った(以下「本件事件」という)。

2  責任

(一) 控訴人乙山

控訴人乙山は、前記1のとおり、本件事故について故意または過失があるから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(二) 控訴人呉市

丙川中学校実施の修学旅行において男子生徒の引率監督の任にあった同校校長福田俊輔、教諭高森定三、同太刀掛祐輔、同天川啓平、同石井昭人、同濱本暢昭の六名は、控訴人呉市の公権力の行使に当たる地方公務員であるところ、本件事故について次のとおり職務上の過失があるから、控訴人呉市は、国家賠償法一条の責任を負う。

(1) 義務

公立中学校の教諭は、その職務上教育活動に関して生徒を監督保護すべき義務を負うが、修学旅行のような集団教育上の行事に引率参加する場合には、生徒が解放的気分からややもすれば規律を乱し、喧嘩沙汰に及ぶなど集団行動時であるがために事故を起こしがちな状態にあるから、このような事故防止のため十分な配慮をすべき義務を負う。

殊に、丙川中学校は、いわゆるつっぱりグループを抱える問題校であり、本件事故の前年の修学旅行では、就寝時間中男子生徒が女子生徒の部屋に侵入するという問題を起こしているうえ、今回の修学旅行には、控訴人乙山らつっぱりグループの構成員が参加しているなどの事情から、同校の引率教諭としては、右旅行中、特に宿泊時における生徒、特に控訴人乙山らつっぱりグループの無断外出等の問題行動には十分注意し、万全の措置をとるべき義務を負っていた。

さらに、右引率教諭は、本件事故当日ニュー雲仙ホテル宿泊の際、控訴人乙山らつっぱりグループが当初予定の部屋割を無視して同ホテル五階五一一号室を占拠する挙に出たのに、結局これを容認し、右グループが就寝時間になって無断外出等の問題行動を起こしやすい状態にあったのであるから、とりわけ同室の動向に注意し、室外外出禁止とされた就寝時刻の午後一〇時三〇分以降は、見通しのよい五階廊下端に常時見張り員を置くなどして、同室在室の生徒らが外出するなどの問題行動をすることのないよう厳しく監視し、右問題行動に起因する事故の発生を未然に防止すべき義務を負っていた。

また、生徒、特に控訴人乙山らつっぱりグループが監視の目をかいくぐって無断外出したのを発見した場合、右引率教諭としては、何をしていたのか問いただしてその行動を把握したうえ、部屋に戻した後、右教諭全員で監視体制の不備を補い、廊下の監視体制を一層強化するなどして、再度の外出による事故の発生等を未然に防止すべき義務を負っていた。

(2) 義務違反

ところが、右引率教諭は、前項の義務を怠り、当日午後一〇時三〇分の就寝時刻以降、教諭太刀掛祐輔、同天川啓平、同石井昭人の三名において、生徒らの就寝している同ホテル四、五階を適宜巡視したにとどまり、とりわけ午後一一時一〇分から一五分間、生徒が寝静まる時間でもないのにミーティングと称して四階四〇一号室に集合し、最も経験の少ない教諭濱本暢昭のみをロビー、四、五階の巡視として残したにとどまったため、監視体制は著しく手薄となり、この間に五一一号室以外に割り当てられていたつっぱりグループの構成員らが同室に集合し、控訴人乙山ら七名のグループで、他の生徒らの就寝する四、五階の各室を次々に襲撃し始めたのに、これに全く気づかなかった。

そのうえ、午後一一時二〇分頃、教諭濱本暢昭において、たまたま四〇二号室の襲撃を終えて出てきた控訴人乙山ら七名を発見したにもかかわらず、なぜ同室にいたのか、何をしていたのか、五一一号室在室者でない者まで一緒にいるのはなぜかなどを問いただすこともなく、控訴人乙山らが同室に入るのを放置し、他の教諭に特段の報告もせず、監視体制の強化もしなかった。

このため、控訴人乙山らつっぱりグループは、再度五一一号室を抜け出し、被控訴人の就寝していた五〇六号室を襲撃し、その際、控訴人乙山が本件事故を惹起した。

3  損害

(一) 後遺障害

被控訴人は、本件事故における右眼網膜萎縮の傷害により、右眼視力一・五が同〇・〇九に低下する後遺障害を負った。

(二) 逸失利益 金二二四七万五五八一円

前項の後遺障害は、労災後遺障害等級一〇級に相当するから、被控訴人の労働能力喪失率は二七パーセントである。

被控訴人は、本件事故当時一四歳であったが、一八歳から六七歳まで就労可能であるから、就労可能年数は四九年となり、そのホフマン係数は二四・四二である。

被控訴人は、右四九年間、賃金センサス昭和五五年第一巻第一表男子労働者学歴計企業規模計の賃金を平均的に取得するものとするのが相当であり、その月額給与額は金二二万一七〇〇円、年間賞与その他特別給与は金七四万八四〇〇円である。

従って、被控訴人の後遺障害による逸失利益は、次の計算のとおり金二二四七万五五八一円となる。

(221,700×12+748,400)×0.27×24.42=22,475,581

(三) 慰謝料 金七〇〇万円

(四) 弁護士費用 金三〇〇万円

(五) 合計 金三二四七万五五八一円

4  結論

よって、被控訴人は、控訴人らに対し、各自損害合計金三二四七万五五八一円及び内弁護士費用を除く金二九四七万五五八一円に対する本件事故の翌日である昭和五七年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  控訴人乙山

請求原因1のうち、被控訴人が、昭和五七年五月当時控訴人呉市が設置する丙川中学校に在学し、同校実施の北九州方面を目的地とする修学旅行に参加し、同月一三日宿泊先の長崎県高来郡小浜町雲仙所在のニュー雲仙ホテル五階五〇六号室で同級生らとともに就寝していたところ、同日午後一一時四〇分頃控訴人乙山が同室に入ったことを認め、その余は争う。

控訴人乙山は、スリッパを投げたことはあるが、雪駄を投げたことはない。

請求原因2(一)、3はいずれも争う。

2  控訴人呉市

請求原因1のうち、被控訴人が、昭和五七年五月当時控訴人呉市が設置する丙川中学校に在学し、同校実施の北九州方面を目的地とする修学旅行に参加し、同月一三日宿泊先の長崎県高来郡小浜町雲仙所在のニュー雲仙ホテル五階五〇六号室で同級生らとともに就寝していたところ、同日午後一一時四〇分頃控訴人乙山が同室に入ったこと、その際、同控訴人の投げた雪駄が被控訴人の右眼部に当たったことは認め、その余は争う。

請求原因2(二)のうち、丙川中学校実施の修学旅行において男子生徒の引率監督の任にあった同校校長福田俊輔、教諭高森定三、同太刀掛祐輔、同天川啓平、同石井昭人、同濱本暢昭の六名が、控訴人呉市の地方公務員であることは認め、その余は争う。

(公権力の行使不該当)

中学校教諭が修学旅行において生徒を引率する行為は、国家賠償法一条の公権力の行使に当たらない。

(義務の範囲外)

中学校教諭が生徒に対して負うべき教育安全に関する義務は、親権者の法定監督義務とは異なり、その範囲及び内容において一定の限界を伴う。すなわち、教育安全義務の範囲は、生徒の生活活動の領域のうち学校における直接の教育活動と密接不離な生活関係を一応の基準とするが、右密接不離な生活関係であっても、それが学校教育活動において通常生ずることの予見可能な領域に限定されるべきものである。

本件事故は、控訴人乙山らが各室に立ち入って就寝中の生徒をたたいたり、布団むしにしたりして、怪我もなく悪ふざけをしていたが、同様に被控訴人らの在室する五〇六号室で暴れて引き上げる際、控訴人乙山が暗くて誰かの脚に躓き、気分を害して玄関口にあった雪駄の片方を室内に投げ込み、これが被控訴人に当たって生じたものであり、全く突発的に発生した特異な事故というべきである。このような突発的な事故を、相当な自律能力及び判断能力を有する控訴人乙山が引き起こすことについて、引率教諭が予測することは到底不可能であり、前記教育安全義務の範囲外というべきである。

(濱本暢昭教諭の過失の不存在)

濱本暢昭教諭は、本件事故当日の午後一一時二〇分頃、宿泊先ホテル内を巡視中四階から五階に通ずる階段で、控訴人乙山ら生徒七名を発見したが、同生徒らが就寝用に割り当てられた部屋のある五階に向かっており、静かにゆっくりとした態度で歩き、服装にも乱れが見られなかったことから、「どこでなにをしていたか」を糾明しないで、同生徒らを割り当ての部屋に入れて消灯就寝させ、約一〇分間部屋の外で監視したが、異常がなかったので、その場を立ち去ったものである。

濱本暢昭教諭の右措置には何らの過失もない。控訴人乙山ら生徒らに対し、「どこで何をしていたか」糾明するには相当の時間を要するものと予想され、深夜においてそのような糾明を行なうことは決して好まいものとはいえないから、これをしてなかったことについても過失はない。

仮に右糾明をしたとしても、宿舎において就寝前生徒達がよく行なう枕の投げ合い程度の悪ふざけの類を防止することはできたかもしれないが、本件事故は、悪ふざけを終えて被控訴人らの部屋から退去しようとした控訴人乙山が、暗闇で寝ていた生徒の脚に躓き、反射的にそこにあった雪駄を拾い上げて室内に投げ込んだところ、これが、被控訴人の眼部に当たったという突発的かつ特異な事故であるから、濱本暢昭教諭がそこまで予知してこれを防止することは不可能であり、同教諭がこれを予知も防止もできなかったからといって、過失があるとはいえない。

(相当因果関係の不存在)

前記五一一号室の部屋割を変更したこと、濱本暢昭教諭が同室を無断外出した控訴人乙山らを発見して同室に連れ戻しながら、外出理由の糾明や他の教諭らに対する連絡等をしなかったことと、本件事故との間には、相当因果関係はない。

請求原因3は争う。

三  抗弁(損害の填補)

1  障害見舞金 金一七五万円

被控訴人は、日本学校健康会から、昭和五八年一一月二一日障害見舞金一七五万円の支払を受け、その限度で、本件事故による損害は填補された。

2  後遺障害保険金 金二〇〇万円

被控訴人は、東京海上火災保険株式会社から、昭和五八年七月一日国内旅行傷害保険契約に基づいて後遺障害保険金二〇〇万円の支払を受け、その限度で、本件事故による損害は填補された。

四  抗弁に対する認否

抗弁1は認める。

抗弁2のうち、被控訴人が、東京海上火災保険株式会社から、昭和五八年七月一日国内旅行傷害保険契約に基づいて後遺障害保険金二〇〇万円の支払を受けたことは認め、その余は争う。

五  再抗弁

控訴人呉市は、被控訴人に対し、抗弁2の保険金の支払の際、その支払によって、本件事故による損害が填補されたとは主張しない旨約した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  事故

請求原因1のうち、被控訴人が、昭和五七年五月当時控訴人呉市が設置する丙川中学校に在学し、同校実施の北九州方面を目的地とする修学旅行に参加し、同月一三日宿泊先の長崎県高来郡小浜町雲仙所在のニュー雲仙ホテル五階五〇六号室で同級生らとともに就寝していたところ、同日午後一一時四〇分頃控訴人乙山が同室に入ったことは、控訴人ら被控訴人間に争いがなく、その際、同控訴人の投げた雪駄が被控訴人の右眼部に当たったことは、控訴人呉市被控訴人間に争いがない。

《証拠省略》によれば、控訴人乙山(当時一四歳)は、前同日時、他の生徒五名とともに、前記ホテル五階五〇六号室に入り込み、消灯して就寝中の被控訴人(一四歳)ら七名に対し、集団でふとんむしにし、枕を投げつけ、殴る、蹴るなどの暴行を加えた後、引き上げる際、同室入口付近において、雪駄(畳表ゴム底厚さ約一・五センチメートル)を拾い上げ、同室内に被控訴人ら七名の生徒がいることを知りながら、室内の暗闇に向かってこれを強く投げ込んだこと、その投げ込まれた雪駄は、たまたま起き上がった被控訴人の右眼部に当たり、被控訴人は、右眼網膜萎縮の傷害を負ったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

二  責任

1  控訴人乙山

前記一認定のとおり、控訴人乙山は、室内に被控訴人ら生徒がいるのを知りながら、雪駄を強く投げ込んだのであるから、右雪駄が室内の誰かに命中し、その結果、場合によってはその者が何らかの傷害を負うことを容認していたものと推認できる。

従って、控訴人乙山は、被控訴人の受けた傷害について、故意による不法行為責任を負う。

2  控訴人呉市

(一)  公務員

請求原因2(二)のうち、丙川中学校実施の修学旅行において男子生徒の引率監督の任にあった同校校長福田俊輔、教諭高森定三、同太刀掛祐輔、同天川啓平、同石井昭人、同濱本暢昭の六名が、控訴人呉市の地方公務員であることは、控訴人呉市被控訴人間に争いがない。

(二)  公権力の行使

国家賠償法一条の「公権力の行使」とは、国または公共団体の私経済的作用を除くすべての公行政作用をさすものと解するのが相当であり、地方公共団体が設置する公立学校において教育活動の一環として実施される修学旅行中、公務員である教諭が生徒を引率監督する行為は明らかにこれに該当するから、控訴人呉市の公務員であり、同控訴人の設置した丙川中学校の校長福田俊輔、教諭高森定三、同太刀掛祐輔、同天川啓平、同石井昭人、同濱本暢昭の六名による同校実施の修学旅行における生徒に対する引率監督行為についても、同法条の適用がある。

(三)  過失

(1) 経過

《証拠省略》によれば、次のとおり認められる。

丙川中学校では、昭和五七年度の三年生の修学旅行の実施について、宿泊先での事故防止のために引率教諭のとるべき措置として、生徒の就寝前は一時間毎に巡視し、就寝後も適宜巡視し、生徒の動静について異常の有無を確認して万全を期すること、生徒の部屋割は引率教諭が十分確認し、他へ無作法な行為をしたり、迷惑をかけたりすることのないよう監督に当たること、宿泊先発着時、就寝時、起床時の点呼、巡視、点検を厳重にすることなどの方針を定め、特に、同校の前年度の修学旅行の際、宿泊先で深夜男子生徒が女子生徒の室内に侵入する事件があったため、今回の旅行では、男子生徒と女子生徒の宿泊先を別にするなどの配慮もしていた。

校長福田俊輔、教諭高森定三、同濱本暢昭ら教諭六名は、昭和五七年五月一三日午後六時四〇分ころ、男子生徒一三三名を引率して最初の宿泊先であるニュー雲仙ホテルに到着し、人員点呼の後、同ホテル四、五階の合計一八室に予定どおり七、八名ずつの部屋割をした。

ところが、到着点呼後、同中学校において常日頃授業放棄、喫煙、服装違反等の問題行動をとっていたグループの生徒である五階五〇三号室割当の控訴人乙山、丁山某、五〇七号室割当の乙田某、五一一号室割当の甲田某、丁川某の五名の生徒が、同室割当の丁野某ら他の五名の生徒を閉め出して同室を占拠し、かけつけた濱本暢昭教諭から、当初割当の部屋に戻るようにとの指示説得を受けても、頑としてこれに応じなかったため、同教諭は、やむを得ず、他の教諭らと協議の上、閉め出された丁野某ら五名の生徒に対しては予定外の同ホテル四階四〇八号室をあてがい、同控訴人、丁山某、乙田某に対しては五一一号室で就寝すること容認し、ただ、食事、入浴、点呼等の団体規律については当初割り当てられた部屋でこれに従うよう指示して妥協した。

引率教諭らは、同日午後一〇時三〇分の消灯時の点呼の際、生徒に対し、消灯後はホテル外は勿論室外にも出ないよう指示し、点呼の後は、指示に反して生徒が外出ないし出室をしないよう規制するため就寝室のある四、五階のほか、玄関ロビーをも含めて交替で就寝後の巡視を実施し、その際、前記五一一号室にはいわゆる問題生徒が集合している旨を知るに至ってはいたが、彼らには従来授業放棄、喫煙、服装違反等の問題行動は見られたものの、格別粗暴な行動にでることはなかったことなどから、巡視面で特別の扱いはしなかった。

同日午後一一時一〇分ころから約三〇分間、引率教諭らは、濱本暢昭教諭のみに巡視を担当させて四階四〇一号室に集合し、翌日に備えて協議をしていたが、この間、前記五一一号室で就寝するはずの控訴人乙山ら五名は、巡視の目をかいくぐって同室を抜け出し、他室から同様抜け出してきた丁原某、丁田某、の二名と合流し、「襲撃」と称して、七人の集団で五階、四階の他の生徒の就寝している部屋に次々と入り込んでは、他の生徒を布団むしにしたり、殴ったり、蹴ったりの乱暴をはたらいていたのに、教諭らは誰一人気がつかなかった。

同日午後一一時二〇分ころ、巡視中の濱本暢昭教諭は、四階四〇二号室の「襲撃」を終えて次の「襲撃」のため五階に向かって階段を登っていこうとしていた控訴人乙山ら七名を発見してこれを呼び止め、その際、先ほど五一一号室を占拠した控訴人乙山ら問題生徒のグループ五名のほか、他室の丁原某、丁田某の二名が教諭らの指示に反して部屋を抜け出したことを知ったが、同控訴人らが階段を五階に向かっていたことから、同控訴人ら五名については自室である五一一号室に戻ろうとしているものと思い込み、他室の丁田某、丁原某の二名については既に寝静まっている部屋に戻すのは適当ではないと考え、これら生徒達に対しては、どこで何をしていたのかなどを追及することもなく、七名全員を五一一号室に入室させ、消灯後であるからおとなしくするように注意するにとどめた。同教諭は、ねんのため同室外でしばらく待機し、同室内が静かになるのを確認した後、他の教諭らが会合していた四階四〇一号室に赴き、いあわせた福田俊輔校長、高森定三教諭に右の経過を報告したが、引率教諭ら間では、その後も五一一号室の監視ないし巡視の強化等は特段話題にものぼらなかった。

控訴人乙山、乙田某、甲原某、丁川某、丁原某、丁田某の六名の生徒は、濱本暢昭教諭が立ち去ったのを確認すると、再び「襲撃」のため同室を抜け出し、同日午後一一時四〇分ころ、被控訴人外六名の生徒の就寝している五階五〇六号室を「襲撃」した。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

(2) 義務

公立学校の教諭は、その職務上、教育活動及びこれと密接不離の生活関係において、生徒を保護監督する義務を負うから、教育活動の一環である修学旅行に当たり、これを引率する教諭は、当然に生徒を保護監督する職務上の義務を負う。特に、一四、五歳の中学三年生程度では、未だ自律能力、判断能力が不十分であるため、解放的気分から規律を乱し、喧嘩沙汰等集団行動ゆえの事故も予測されるから、その修学旅行を引率する教諭としては、具体的状況に応じて、適宜右のような事故防止上の配慮をする義務を負う。

前記(1)のとおり、丙川中学校では、前年の修学旅行の際、宿泊先で深夜男子生徒が女子生徒の室内に侵入する事件があったため、今回の旅行では、男子女子生徒の宿泊先を別にし、男子生徒の引率教諭らにおいて、その消灯後は部屋のある四、五階ばかりでなく、玄関ロビーの巡視も実施していたから、前年のような男女生徒間の事故再発の防止体制は整っていたものということができる。

ところで、前記(1)のとおり、今回の修学旅行には、丙川中学校にといて、従来から授業放棄、喫煙、服装違反等の問題行動を見せていた控訴人乙山ら問題生徒のグループが参加していたうえ、右グループの生徒らが、当初予定されていた宿泊先での部屋割を無視して一室を占拠し、引率教諭らの指示説得にも従わず、結局教諭らもこれを容認するという事態に至ったのであるから、このような問題生徒の正当とはいい難い要求に妥協的態度で臨んだ以上、教諭らとしては、右生徒らが従来格別粗暴な行動に出たことはなかったとしても、このような生徒は他の生徒らに比較して自律能力、判断能力に一際乏しいのが通常と心得て、これが集団になることによって宿泊先での浮わついた気分がさらに増幅され、なんらかの規律違反行為のみならず、場合によっては粗暴行為等の問題行動に出ることもありうることを懸念し、教諭ら自身がそのような事態を招いた立場からも、特に同室をそれとなく悟られないよう教育的配慮をしながら監視する必要があったものというべきである。

しかも、控訴人乙山らが、巡視にもかかわらず、これをかいくぐって無断で室外に出たのを発見したような場合には、引率教諭らは、右懸念が現実化したのであるから、さらに進んで右生徒らの無断外出等の問題行動及びこれに伴う事故の発生を防止するため、右生徒らに対し、無断出室の理由や出室後の行動を十分問いただして説論指導し、または自室に戻らせて巡視等による監視体制を強化するなどの措置をとる義務を負うに至ったものというべきである。

(3) 義務違反

本件事故当日午後一一時一〇分ころから約三〇分間、引率教諭らが、濱本暢昭教諭のみに巡視を担当させ、一室に集合して翌日に備えて協議をしていた間、控訴人乙山らが自室を抜け出して他室を「襲撃」したことは前記(1)のとおりであり、右は、協議のため巡視体制が手薄になったところを、右グループにつかれたものということもできるが、集いの目的からみて、これを直ちに保護監督義務における過誤とまではいい難い。

もっとも、前記(1)のとおり、同日午後一一時二〇分ころ、巡視中の濱本暢昭教諭は、次の「襲撃」のため四階から五階に向かって階段を登って行こうとしていた右生徒ら外二名を発見したのであるから、明らかに規律違反を犯している右生徒らに対し、無断で室外に出た理由やその後の行動を十分問いただして事実を把握し、「襲撃」を認識すればこれについて説論指導するなどし、仮に「襲撃」の事実を把握できなかったにせよ、自室に戻らせたのち、他の教諭らに右経過を報告し、もしくは自ら同室の監視を強化し、また、右報告を受けた他の教諭らは、同室に対する巡視等による監視体制を強化するなどの措置をとり、右生徒らの無断出室等の問題行動及びこれに伴う事故の発生を未然に防止すべき義務を負うに至ったものというべきであるところ、濱本暢昭教諭は、右生徒らが階段を登っているのを見て、自室に戻ろうとしているものと速断し、なんら規律違反行為について問いただすことなく、同室に右生徒ら七名を入室させたのち、同室外でしばらく待機し、同室内が静かになるのを確認した後、他の教諭らに右経過を報告したにとどまり、右報告を受けた他の教諭らも、なんら同室に対する巡視を強化するなどの措置を講じないで放置して、右義務の履行を怠った。

なお、本件事故は、控訴人乙山が投げた雪駄が、被控訴人の右眼に命中したというものであり、当りどころが悪く、不運な結果を招くに至った事情は否定し難いが、浮わついた集団的な規律違反行為に伴いがちな粗暴行為がなされるときは、場合によって、このような結果発生の危険があり得ることは、十分に予測可能であり、また、生徒の保護監督にあたる引率教諭らとしては、この程度の予測をしなければならないものであり、右事故の結果が、控訴人呉市または引率教諭らにとってみれば、その重大性ゆえに予想外と感じられたとしても、そのことをもって、右事故の防止が引率教諭らの生徒に対する保護監督義務の範囲外であるとすることはできない。

また、前記(1)のとおり、控訴人乙山らの要求を容れて当初の部屋割を変更し、右生徒らを五一一号室に集めたことが、本件事故発生に至ることの起りであり、濱本暢昭教諭が無断出室していた控訴人乙山らを発見しながら出室の理由の糾明をせず、監視体制の強化もしなかったことが、右事故発生に関連していることは明らかであるから、これら事実と右事故との間に相当因果関係がないとすることはできない。

以上によれば、濱本暢昭教諭ら引率教諭には、本件事故について、国家賠償法一条の過失があるものというべきである。

三  損害

1  後遺障害

《証拠省略》によれば、請求原因3(一)の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  逸失利益 金一五三一万六二五〇円

前項の後遺障害は、労災後遺障害等級一〇級に該当するが、右傷害の部位程度等からして、被控訴人の右後遺障害による労働能力喪失率は二七パーセント程度と認めるのが相当である。

《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件事故当時一四歳の健康な男子であり、丙川中学校卒業後は高校に進学し、その卒業後は就職して稼働する予定であったことが認められ、右認定事実によれば、被控訴人は、右事故による後遺障害がなければ、高校卒業後一八歳から六七歳まで就労し、その間、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者の学歴計全年齢平均の年間給与額金三七九万五二〇〇円(給与月額金二四万六一〇〇円に年間月数一二を乗じて賞与等金八四万二〇〇〇円を加算したもの)を取得し得たものと推認できる。

従って、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、右事故当時における前記労働能力喪失による右期間の逸失利益を求めると、右年間給与額金三七九万五二〇〇円に労働能力喪失率〇・二七を乗じ、一四歳以降六七歳までの五三年間に対応するライプニッツ係数一八・四九三から一四歳以降一八歳までの四年間に対応する同係数三・五四六を控除した一四・九四七をさらに乗じて得た金一五三一万六二五〇円となる。

3  慰謝料 金四五〇万円

《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件事故後昭和五八年三月まで一一か月間に亘り呉済生会病院等に通院して治療を受けたことが認められ、右認定の通院期間、前記後遺障害の部位程度等を総合考慮すると、本件事故による被控訴人の慰謝料は金四五〇万円と認めるのが相当である。

四  損害の填補

1  障害見舞金 金一七五万円

抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  後遺障害保険金

抗弁2のうち、被控訴人が、東京海上火災保険株式会社から、昭和五八年七月一日国内旅行傷害保険契約に基づいて後遺障害保険金二〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、右保険契約は、丙川中学校が保険契約者となり、被控訴人ら同校の修学旅行参加の生徒を被保険者として、東京海上火災保険株式会社と契約したものであり、その保険料は、被控訴人の父甲野太郎ら生徒の父兄が拠出していることが認められ、これによれば、右保険契約に基づいて支払われた被控訴人の後遺障害保険金は、被控訴人の父甲野太郎によって払い込まれた保険料の対価とみるべきものであり、控訴人らの損害賠償債務を右支払限度額において減殺すべき性質のものとはいい難い。なお、《証拠省略》によれば、右保険契約の基本約款である傷害保険普通保険約款二四条では、保険会社が保険金を支払った場合でも、被保険者等がその傷害について第三者に対して有する損害賠償請求権は、保険会社に移転しない旨定められていることが認められ、これによれば、被控訴人は、支払を受けた右保険金の限度で控訴人らに対する損害賠償請求権を失うものでもない。

従って、右保険金の支払がなされたからといって、控訴人らが右支払額相当の損害賠償債務を免れるものではない。

五  弁護士費用 金一四〇万円

本訴事案の性質、審理の経過、認容額等に鑑みると、弁護士費用は金一四〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上によれば、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、逸失利益金一五三一万六二五〇円及び慰謝料金四五〇万円の合計金一九八一万六二五〇円から障害見舞金一七五万円を控除した金一八〇六万六二五〇円に、弁護士費用金一四〇万円を加算した金一九四六万六二五〇円となり、控訴人らは、各自、被控訴人に対し、右金員及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五七年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担するから、原判決は正当であり、本件各控訴はいずれも理由がない。

よって、本件各控訴をいずれも棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中原恒雄 裁判官 安倉孝弘 矢延正平)

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